漁協と共に浜の活力再生プランに取り組む小田原魚市場

現在、通常国会に上程中の農業競争力強化支援法案は、直接的には農業資材と農産物流通の透明化を目指しているが、これはその後に予定されている卸売市場法の抜本的な見直しに直結する流れであり、水産物流通も「合理的でない規制」の廃止等に取り組むことになるだろう。前号「全水卸」で施設整備における市場法抜本見直しの影響を見てきたが、今号は水産庁で取り組まれている浜の活力再生プラン(浜プラン)事業に漁協と一体で取り組む小田原魚市場を取材した。「生産者優位の流通」は農業、漁業共通の課題だが、漁協・生産者と消費地市場の連携・一体化による小田原魚市場の取り組みもまたこの方針を実現する一つの典型事例となるだろう。

1.小田原漁港 日本初の人工的漁港「堀込式漁港」

小田原漁港は神奈川県西部、相模湾に面した日本で初めての掘り込み(港を人工的につくる)式港で昭和25年に第2種漁港に指定され、昭和44年に第3種漁港に変更漁港管理が神奈川県に移管された。

相模湾は富山湾、駿河湾と並ぶ三大湾と呼ばれ、親潮と黒潮の接点にあり、湾岸から数百㍍いくと相模トラフと呼ばれる水深1千〜2千㍍に達する海中の谷があり、その相模湾に早川や相模川、酒匂川など河川から豊かな栄養分を運び、絶好の漁場となっている。明治時代には黒潮に乗って回遊している大量のブリが漁獲されブリの一大漁獲港となったが、その後はマアジ、マイワシ、サバなど中心に1,500種を超えるという多様な魚が生息している。日本有数の漁場として4つの大型定置網や底刺網、カゴ網漁の漁が行われている。

 

小田原漁港は昭和25年度から整備され、昭和43年に本港が、昭和56年に新港が完成している。さらに現在は「特定漁港漁場整備計画」に基づく整備に着手しており、水産庁の浜の活力再生プラン(浜プラン)が平成30年度に完成予定。漁協、魚市場ともに活況を呈しており、漁協と消費地市場が一体化して取り組む首都圏に近い都市型漁業のあり方として注目されている。

 

2.産地市場の課題 多段階流通解消と販売力   

 水産における産地市場とは「漁獲された水産物の卸売りをするために陸揚げ地に開設された市場」であり、多くは漁師の団体である漁協が開設したものである。青果でも産地市場という表現があるが、青果流通は産地市場、消費地市場の区分はなくすべて農水省の管轄となっているのに対し、水産流通は産地市場が水産庁、消費地市場が農水省と分かれている。

 

 産地市場の状況について水産庁「水産白書・産地市場の動向」は次のように述べている。

「産地市場において仕分け・分荷・出荷された後、消費地市場に再度集荷され、最終的に小売店を通じて消費者に届くという多段階の流通システムが構築されています。

産地市場の数は平成22年3月現在で763となっています(都道府県調べ)。零細な漁業経営体が多くを占める我が国の漁業構造において、産地に密着し、集荷、選別、決済等の機能を果たす産地市場は大きな役割を果たしています。しかしながら、水産物産地市場の多くは、取引規模が小さく価格形成力が弱いなどの課題を抱えています。このため、市場の統合や施設の集約化、市場機能の高度化等を図るとともに、新たな買参人の参入促進などによって産地市場の取引の活性化を図り、漁業者の手取り向上につなげることが課題となっています。」

 

「多段階の流通システム」「漁業者の手取り向上」という言葉が、市場流通に対する国の問題意識を表している。この評価が、農業競争力強化プログラム等で指摘された「合理的でない市場流通の規制廃止」「農家の所得向上」につながることは明らかである。もともと産地市場と消費地市場という区分は業界の要請によるものではなく農林水産省と水産庁に分かれている行政都合によるものであり、卸売市場が「多段階」という批判を受けるいわれはないのだが、ともあれ今はそうした論評よりも解決策である。すでに石川県金沢中央市場は地元漁協のセリを廃止して中央市場内で「二番セリ」を行うことで産地市場と消費地市場の機能一体化に取り組んでいる。同一漁港内にある漁協と卸売市場が一体化して生産と販売に取り組む小田原の取り組みもまた注目すべき事例である。その主人公はJF小田原市漁業協同組合(高橋征人・代表理事組合長)と小田原市公設水産地方卸売市場の卸売会社、(株)小田原魚市場(米山典行・社長)である。

 

3(株)小田原魚市場 日本で最も早い法人卸売市場 

小田原魚市場の歴史は古く、室町時代に北條氏の保護の元に「魚座」という同業組合が生まれ、江戸時代に隆盛となったが明治維新で衰退、3軒になった魚問屋を鈴木善左衛門が買収し明治40年3月に資本金10万円で「(株)小田原魚市場」を設立した。法人として日本で最も早い魚市場で、昭和47年に小田原市公設水産地方卸売市場となった。

 

小田原魚市場は神奈川県西地区の拠点市場。相模湾に面した小河原漁港に漁協と対岸で面しておりとして、真鶴、伊東方面などの伊豆半島、二宮、大磯、平塚など周辺漁場からも陸揚げされる。

 また全国初の堀込式漁港として、最初から漁場の優位性だけでなくJR早川駅、西湘バイパス、厚木バイパスなどのインターに近い交通の要衝になる立地を見越して整備されただけに産地機能を持った消費地市場という卸売市場として絶好の機能を活かしている。

 

これだけの恵まれた魚市場が、その後も製氷工場、低温流通センター「(株)中央食品」設立、マグロ低温施設、さらに場外に飲食や小売店など約10店をテナントにした水産会館を建設するなど様々な取り組みを行っている。平成25年、26年度には、東京大田市場の大都魚類支社と提携し朝どれ鮮魚の取り組みを行った。

 

小田原漁港では午前1時に定置網船が出港し午前3時〜4時半頃に定置網船が帰港する。刺し網の船なども含めて各地から約40船が入港し陸揚げされ、その魚が5時半からで活以外は6時からで約1時間、午前7時にはセリが終了する。毎日の買受人は500に人で常時約250人が参加する。漁協で余剰となった魚は魚市場が委託による市場間転送等で販売される。

 また、平成27年度から取り組まれている浜プランに小田原漁協と提携し参画しているのも、現状からの活性化を目指した方針。米山社長は「たしかに小田原魚市場は立地と環境に恵まれていますが、このままでは限界があります。卸として、自分の頭と責任で動ける社員、人間的な組織力が大事だと痛感しています」と話す。

 

また平成30年に完成予定の浜プランによって、湾内に定置網で漁獲された魚や養殖魚の生け簀、一次加工、交流施設など新港に沿って約1.5㌔の長さで整備される。この浜プランの事業主体として小田原市漁協と合弁で「JF小田原水産(株)」(資本金2千万円)を設立し新たな地域活性化にも取り組み始めている。

 

4.JF小田原市漁業協同組合 平均37歳の組合員 際立つ若さ

小田原漁協(高橋征人・代表理事組合長)は平成5年に市内単協10組合が設立。合併ではなく資産を持ち込まない新規設立とした。基幹事業である定置網漁業は旧経営陣も参加しスタートしたが、設立して4年くらいは不漁が続き、加えて急潮によって数億円の定置網が2回ながされたことでいっそう経営不振となった。このため、平成9年に県、市の支援で急潮対策としてモデル定位網事業に取り組み急潮や時化に強い網の開発に取り組み、平成10年3月に完成した。以来、漁獲量、漁獲高共に増加した。小田原魚市場も港建設と同時に出来たので、漁協は魚をとり、市場に出荷して市場が販売するという漁協と魚市場の協同関係が築かれた。

 

単協では年間1500〜1700㌧、3億円を陸揚げ。組合員112名である。

小田原漁協のことで必ず話題になるのが組合員の若さ。現在の漁労長は42歳だが33歳の時に漁労長となった。組合員の平均年齢が37歳。信じられないほどの人材確保はなぜ出来たのだろうか。高橋組合長の話は次の通りである。

「定置網は昔は人力ですから100名以上いましたが、今は機械も導入され職員として20名が作業している。全員が職員で固定給です。漁労長は今42歳だが、33歳の時に漁労長になっています。その前は80代の漁労長で70代が主力、私が入ったときは50代の時で40代は数人しかいませんでした。全国的にも若いと思います。なぜそうなったかは給与です。それまで漁師は取れるか取れないか分からないので出来高払いが原則で、支払いは悪くなかったのですが、いくらもらえるのか分からないでは若い人は来ません。前組合長と相談してモデル定置になる前年に、まだ経営は赤字で苦しかったのですが、来てくれないと仕事が出来ない。不安だったのですが固定給に切り換えて、それで若返りました。若い人の覚えは早い。経験が必要なこともありますが、そういう時は私の所に相談に来る。それで十分できます。」

 

若返りは定置網の改良で経営が安定した以降だと思っていた。水産試験所で定置網の歴史など見せて頂いたが、初期の「根こそぎ網」(名前の割には魚が逃げる)から何回も網会社と試験場、組合が協力して開発を続け、昔は「金庫網」といって高価な魚だけを別の網に入れていたが小さく本当に金庫だが、これまた金庫の割には貯まらない。今の金庫網は中心の箱網とほぼ同じ大きさで二段箱になっている。これで不漁の時も安定供給できるように魚の保管機能も果たしている。

 

5.浜プランとJF小田原水産(株)

イ. 浜プラン

浜の活力再生プラン(浜プラン)は平成27年10月に改定された。

背景としては、①燃油等の資財価格の高騰②漁業コストの増加③漁労所得(平成25年189万円)は、勤労所得(同583万円)④漁村人口減少と高齢化、⑤漁業就労者の65歳以上35%で全国平均26%より高齢化等があげられる。

このため浜プランは漁業者の所得向上とコスト削減に取り組むことで5年後に10%以上の所得向上をめざす。

 

ロ. 小田原漁港漁場整備事業計画  

神奈川県は平成14年に小田原特定漁港漁場整備事業計画を策定し、平成30年度までの事業として取り組んでいる。このなかで平成27年に改定された浜プラン支援事業に、小田原市生漁協と小田原魚市場が合弁で新会社「JF小田原水産(株)」を設立、今年度は陸揚げ施設の整備に続き加工施設、交流施設等の最終的な整備に移り平成30年度に完成する全体施設の管理運営の経営主体となる。

 

全体はおよそ15万㎡で、整備は次の5つの拠点ゾーンを整備する。

①.生産流通加工拠点

 最も中心的な施設が生産流通加工の拠点市場つくりである。

・ 定置網の漁獲物や県外産養殖魚の畜養生け簀による安定供給体制

・ 陸揚げ、一次加工施設による品質管理

・ 消費者ニーズに合わせた多品種漁獲物の商品開発による付加価値化

②.環境創造型事業

・ 藻場や水質の自然環境への影響を低減する施設整備

・ 新たに整備される防波堤や潜堤に藻場を形成できる機能あん付加

・ 人と自然が共存できる沿岸環境の創造

・ 漁具干し場の整備による作業効率化と住宅地への悪臭防止

③.防災拠点

・ 本港岸壁の耐震強化で災害時の海上輸送拠点港の機能確保

④.漁船非難拠点

・ 潜堤整備による新港の静穏度向上を図り、西湘地区の漁船避難拠点港に

⑤.都市との交流拠点

・ 都市住民との交流施設。蒲鉾メーカー等の協力を得て製品作りをオープンにし生産者、メーカー等の直売を行う。

 

この事業によって海岸線は1.5㌔に広がり、新たに整備されている人工リーフ(海岸)は災害対策と共に魚礁もつくり新たな漁場つくりをめざす。昭和43年に開港した小田原漁港は、この浜プランの完成によって生産拠点としての漁港、流通拠点としての魚市場、そして加工施設、市民交流施設が小田原漁港の海岸線にそって約1.5㌔に展開される。

 

ハ. JF小田原水産(株)

JF小田原水産は資本金2千万円。漁業者が事業主体となるため、51%を漁協が出資し高橋組合長が社長に就任した。小田原魚市場は49%出資し米山社長は取締役となる。実質は漁協が漁獲生産し、魚市場が販売する体制で、この小田原水産がどのような役割を果たすことが出来るか、漁協にとっても卸売場にとっても重要であり、漁協、市場関係者からも注目を集めている。

 

高橋社長はJF小田原水産設立の狙いについて次のように述べている。

「我々が浜プランに応募したきかけは、自分で獲った魚を自分でも売りたいということでした。しかし我々には販売のノウハウがないので魚市場の米山社長に話し共同で取り組むことになりました。特に流通には乗りにくく飼料として売っている未利用魚を何とか付加価値をつけたい。小田原には練り業者が多いですから未利用魚を三枚に下ろす一次加工をすれば練りの原料として十分使えます。すり身までやって欲しいという要望はありますが、それは将来的な課題にしています。練り業者からも要望がありますので、浜プランの中に入れました。今年3月末には湾内に生け簀と陸揚げ施設が完成しました。29年度は加工施設をつくり、30年度の交流施設で完成予定になっています。交流施設は市の施設ですが指定管理者が導入されるとも聞いていますので、そうであれば我々(JF小田原水産)も応募したいと思っています。蒲鉾メーカーに実演販売などの見える化を行い飲食店やお土産店を充実させれば現在の市民会館等の飲食店と相乗効果が出ると期待しています。われわれは都市型漁業という意識はあまりないのですが、立地面ではたしかに恵まれていますが19万6千人の小田原で中核都市になるのは難しいと思いますし漁協単独で経営を維持していくことは大変です。幸い小田原魚市場が最初からあり、漁協と協力してやってきましたので、市場との関係は当面、今まで通りですが、JF小田原水産を通した加工、配送、販売等の取り組みが増やしていく計画です。」

 

6.まとめ

小田原魚市場のケースはいろいろな恵まれた条件があって初めて実現出来た取り組みともいえるだろう。しかし、恵まれた条件を活かしきれないケースは多くある。小田原漁協もブリ景気にわいた時期から低迷し赤字経営が続く中で組合員の固定給に踏み切り若返りを実現し、それがモデル定置網事業の成功につながっている。

小田原魚市場も神奈川県西部の拠点市場としての役割を果たしているときに、このままでは将来はないと危機意識をもって様々な取り組みをしている。場外にある水産会館を中心とした飲食店街に続く道路は、昼時は車の渋滞となる。市場の食堂で昼食を食べようと思ったが外まで行列ができ、分かりにくい場所をものともせずに消費者は作業が終わった卸売場の階段を続々と上っていく。

 

小田原魚市場は今年3月11日に開業110年を迎えた。法人卸として最古の歴史を持つ卸売市場が「JF小田原水産」という器を得て、漁協と提携し生産から販売まで一体化した流通、サプライチェーンマネジメント(SCM)を自己完結型で構築する。生鮮流通の未来形ともいえる取り組みは産地・生産者と流通分野に大きな示唆を与えることになるだろう。