市場流通新時代 −施設整備への影響−

「市場法の抜本的な見直し」に迫られた市場流通はどのように変わるのだろうか。現在、6月までの通常国会に農業競争力強化支援法案が上程され、卸売市場法は今後一年間をかけて論議されることになっている。しかし農業競争力強化プログラムで「卸売市場法を抜本的に見直し、合理的理由のなくなっている規制は廃止」と指摘され、規制の対象として名指しされた卸の第三者販売と仲卸の直荷、商物分離の規制緩和は、今までの例外規定による規制緩和とは違う「抜本的な見直し」が進むことは確実であり、また、これ以外にも誰もが想定しなかったような見直しが行われる可能性も否定できず、これまでの市場流通は根幹からの変化に直面することになるだろう。以下、いくつかの問題について市場流通がどのように変化するか検証する。まず多くの卸売市場が直面している施設整備への影響をみる。

 

 1.施設整備の考え方

施設整備の難しさはいくつかある。 

 ①第一は、施設整備は「老朽化による建て替え」ではなくなったということである。

 公設地方卸売市場は現在百数十市場あり、老朽化による施設整備に直面している卸売市場が多い。しかし、現在の市場取引は、全量が上場され全量が短時間のうちに仲卸や買参人によって運び出されるという状況ではないので、どういう施設が卸売市場の機能強化に役立つかを明確にすることが必要である。例えば卸売場は一日の取扱数量を全量、同時に置けるスペースが前提となっているが、2回転で使えないのか、温度管理は?物流機能は?といった課題と連動して考えなければならなくなっている。そうした意味で施設再整備は、行政が計画し業界が使用料を払って使うという従来の形を転換し、市場業者が主体になって計画する必要がある。「老朽化による建て替え」だけでは卸売市場としての存続・発展は望めなくなっている。

 ②第二には公設市場といえども行政が全責任をもって施設整備を行う考え方ではなくなっていることである。公設市場は行政責任であることは当然の前提だが、「民間活力導入」「規制緩和」「効率化」等は、簡単に言えば、「施設整備は業界も責任(お金も運営責任も)を持つべきだ、その代わり法的規制はできる限り緩和する」という考え方である。「行政全面責任」の時代から現在は、施設整備は民間が主体となり、行政が支援する「民主体・行政後方支援」が基本になっている。

 

2.卸売市場の開設形態別分類

 卸売市場の開設形態はどのようになっているのか。農水省の資料は法的な区分けになっているが、公設、第三セクター、民設別に、それぞれ行政がどのように係わっているかにした。

卸売市場の開設形態別種類

区分

開設形態

内容

公設・公営

行政が開設運営共に責任

中央

都道府県及び人口20万人以上の地方自治体。

中央市場の全てが入る。都道府県の開設者は東京都、大阪府、三重県、奈良県、沖縄県のみ。後は地方自治体が開設している。

中央

事業管理者

地方公営企業会計法の全面適用 事業管理者が市長権限の多くを代行。 岡山市場のみ

地方

開設者・卸とも行政

行政が開設・卸売業務とも行う、青森県南部町営地方卸売市場と長野県駒ヶ根市公設地方卸売市場

中央

 

地方

一部事務組合 栃木県南(平成2910月民営化予定)

複数の自治体が事務組合をつくり開設する。静清は自治体統合で単一となった。地方市場では北勢、栃木県南。二市場とも民営化

管理運営の民活

地方

民間用地・施設を借り公設に

 足利、松戸南部・北部

市場用地、施設は民間が所有し行政が公設市場として開設。実質は民設公営市場である。

松戸南部は17年3月末で廃場。

中央地方

指定管理者 多数

行政の責任の下で施設維持、業務の大部分を民間に委託。行政経費の節減が狙い。屋上屋の危険性も。

中央

地方

PFI

施設建設時から民間事業者が責任、管理運営も行う。神戸本場が一部施設に導入。他に事例無し。

準公設

地方

第三セクター(行政主体)

自治体と民間が共同出資し開設者となる。行政が51%以上を出資し管理運営の責任を持つ。

地方

第三セクター(民間主体)

自治体と民間が共同出資し開設者となる。行政出資を51%以下とし、経営主体は民間。

民設・民営

 

地方

組合方式

出店業者が協同組合をつくり、そこが開設者となる。

地方

株式会社方式

卸売業者あるいは民間企業が土地、施設を確保し開設会社をつくる。(数的には市場流通の圧倒的多数を占めている。)

 

 卸売市場の再編は国の政策と連動しているので施設整備の考え方も変わる。

 大正12年の中央市場法は全国の民営市場を中央市場に再編していくことで安定供給と物価安定を目指すもので、昭和46年の現行卸売市場法も基本的な目的は踏襲されている。そして昭和46年から策定されている卸売市場整備基本方針・整備計画は、民間の土地を行政が借りて公設市場とする方式など形ばかりの公設化も含めて、民営市場を公設市場へ再編する政策をすすめ、統合・再編による大型化、さらに公設市場の造りすぎを修正し中央卸売市場から地方への転換や民営化の動きなど大きく揺れ動いてきた。

 

3.官主体で民活か、民主体で行政補助か

 これらの開設形態を施設整備の観点からみると、①行政の力で民営市場を再編する官主体100、②官主体で施設整備・管理運営しつつ一部に民間活力を導入する体制、③官と民が協力しあう体制、③民間主体で施設整備を行い、行政が一部助成する、あるいは地域拠点市場と位置つけることで国の交付金支援を受ける体制等があげられる。

 そうした視点を前提に、施設整備を考えている卸売市場が第一に考えるべきことは、市場の将来方向の選択である。①一つの選択肢は公設市場のままで施設整備を行い「民間活力導入」「規制緩和」「効率化」の課題を解決していくか、②あるいは二つ目の選択肢として、民営市場に移行することを前提にした施設整備を考えるのかという方向をまず検討し決定しなければならない。

 

3−1官主体の整備で一部を民間活力導入〜従来の主流

 三つのケース

 ①の公設を維持しながら施設整備をめざす場合に検討課題となるのが、第3セクター、指定管理者、PFI(パーソナル・ファイナンス・イニシアティブ)である。この他にも事業管理者制度があるが、これは地方公営企業法の全部適用ケースで、開設自治体の首長権限を基本的に持つ「事業管理者」を置き、現場状況の把握や方針決定のスピード化などいくつも優れた面があるが、自治体責任をさらに強固にする方向だけに全国的な流れにならず岡山市中央市場のみである。

 第3セクター

 行政と業界で出資し開設会社を設立する方式で、現在は全国で20数市場ある。初期は民間活力導入の中心であった。高崎市場などで様々な先進事例を生み出し30市場を超えたが、その後漸減し、民営市場に転換したケースも増えている。

 指定管理者制度

 公設のまま民営事業者に管理運営を委ね、市場活性化、効率化を目的。地方自治法の改正によって急激に増えたが、内容的には、行政職員を減らし民間事業者が管理することでコスト低減等をはかる市場が多く、市場活性化に取り組んで成功したケースとして大阪府中央卸売市場があるが、全国的には多くない。中央市場では大阪府のみで、他に30数市場あるが、全て公設地方卸売市場である。

 なぜ指定管理者制度が主流となったかについては、平成15年9月に施行された「指定管理者制度運用指針」で「原則として、すべての公の施設を本指針の対象とする。」とされたことで全国に広がったが、これもPFIと同じく、卸売市場の特殊性で馴染みにくい。本来の目的は公設を維持していく上での活性化のツールであったが、現実には行政経費分を減らし、その分を使用料減免にあてるか、あるいは民営化するまでの一時的な開設形態として導入された市場が多いことから、導入数が多い割には活性化の事例が少なくなっている。

 PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)

 民間資金を導入することで民間主導による施設建設・管理運営を行う方式である。

 卸売市場では神戸本場で一部市場施設に導入されただけで他市場での例はない。 

 PFI事業者は施設建設だけでなくその後の施設管理・運営も行うことになっているが、卸売市場法で規定されている開設者の許認可権限は受託できないので、結果的には自治体による開設者と施設の管理運営に限られたPFI事業者が混在することになってしまう。そして施設管理のみであれば現在多くの中央市場ですでに外部委託は行われているのでPFI事業者を導入するメリットは少ない。

 第10次卸売市場整備基本方針は、事業管理者と第3セクターを「市場の管理運営を行う開設者の弾力化の課題」としており、PFIと指定管理は「施設整備と運営の合理化の課題」として区別されている。これは地方公営企業法の目的をそのまま卸売市場に適用したためと思われるが、改めて今後の検討課題とするべきだろう。

 

3−2 民主体の整備で行政が後方支援〜今後の主流 

 前述したようにPFIや指定管理者の導入があまり成功していないのは、卸売市場に関係する様々な法律間の規制に関し整合性がとれていないことに要因がある(と考える)。

 卸売市場は、卸売市場法を中心に、地方公営企業法、地方自治法、地方財政法等が関連しているが、地方公営企業法がすでに電力やガス、鉄道といった地方公営企業法の主な適用業種が民営化されていることに対して卸売市場法の根幹は変わっていない。そこが「時代遅れ」と非難される根拠でもあるのだが、一時期盛んに言われた「市場株式会社」を導入し、例えば東京電力のように「東京市場(株)」で関東全域の卸売市場を経営することを想定しても困難というより弊害が多すぎることは明らかである。「時代遅れ」と指摘された「時代」とは、IT企業や政治家レベルの判断基準での「時代」であって、この時代認識が問題である。

 それは規制改革推進会議での「卸売市場については、食料不足時代の公平分配機能の必要性が小さくなっており、種々のタイプが存在する物流拠点の一つとなっている。」という問題意識の浅さにはっきり表れている。例えば、「卸売市場はいろいろタイプがある物流拠点の一つにすぎない」という認識は、いくつかの大型市場を見ただけの個人的感想だろうし、実態として明らかに誤りである。食糧不足時代の公平分配機能の必要性は少ないという根拠であるグローバル経済自体も、米国のTPP撤退と保護主義経済という突然の歴史的転換の前に一気に色あせてしまっている。二国間のFTA等で解決できる可能性はあるが、グローバル経済で世界はバラ色という考え方を見直さざるを得ない今、食糧安保の考え方も再検討せざるを得ないと思うが、それでも、この規制改革推進会議の問題意識で政策が進められることは間違いないことなので、市場業界としては当面、この方向を前提に対応せざるを得ない。

 そうした前提で卸売市場を考えた場合、市場経営の面では、例えば民営市場主体の長野での、青果卸のHD(ホールディングス)、水産卸の統合が一つのモデルケースとなるだろうし、施設整備では、PFIではなく「定期借地権」方式で民間独自では困難な用地を確保し、施設は民間に委ねるという豊洲や福岡で導入された方式のシステム化や、第3セクターは51%以上が補助対象ではなく20%でも30%でも第3セクターとして公設に準じた補助対象とする等が考えられる。

 また指定管理者は、地方公営企業法の趣旨である「公有施設の管理・運営の民間委託による住民サービスの向上」を活かして市場業者が主体となった管理運営団体に市場全体の管理・運営を委ねた「民主体の第3セクター開設者」を設立するなど、官主体から民主体に変換しつつ官が後方支援を行う卸売市場独自の方策を模索すべき時に来ている。

 

3−3 公設から完全民営化への転換〜メリット・デメリット

 規制改革会議は、米穀卸や市場卸が業態転換する場合の助成制度に言及しており、卸売市場を廃場あるいは業態転換するケースも現実的に重要になりつつある。

 公設市場の民営化を考える場合、つぎのようなケースがある。

.公設市場を廃止し民営化する場合

 卸売市場を廃止、つまり廃場する場合の多くは、公設公営の場合は3つの中央市場を1カ所に移転統合した福岡新青果市場など大型市場とする場合がほとんどである。移転統合無しに廃場するケースは、民営市場の場合は他企業に売却することが可能だが、中央卸売市場の場合は多くの困難があり、今まで実現したケースは中央市場を廃場し横浜本場の「補完」となった横浜南部市場のみで他には例がない。

 その横浜南部市場も、廃場し場内の全業者を横浜中央市場・本場に収容する計画だったが市場業者の反対で実現せず「卸売市場ではないが、本場の補完機能を果たす場」となり、実際は多くの「仲卸ではない仲卸」が営業している実質は廃場とは言えない状況になっている。

.市場存続のまま民営化する場合

 以下の三つのケースに分類される。

 ②—1 市場用地・施設を全て民間に売却 

 新潟長岡公設青果地方市場1市場のみとなっている。公設市場から民営市場となった第一号市場で、平成144月民営化された。この場合は卸である長岡中央青果に、敷地面積23千平方米、半分強の建物と周辺施設を売却、残りの土地・建物は無償貸与という形で半分の売却が終わった後で取得するよう卸の権利取得を助成している。市場会計は黒字であったために行政が市場運営に関与する時代ではないという立場で民営化しており卸売会社も大きな負担がない数少ない民営化の成功事例である。 

②−2 用地・施設は公有のまま民営化

 民営化した市場ではこのケースが最も多い。伊勢崎、館林、藤沢などある。このケースが多い要因は、施設が老朽化していて無償譲渡を受けてもメリットがないこと、土地を取得しても固定資産税の負担が重くなること、市場業界の資力が不十分であること等であり、行政にとっては大きなメリットがあるわけではないのだが、民営化が最も容易な方法として採用されている。

②—3 市場規模を縮小し民営化

 このケースは民営市場が施設整備をするための経費捻出の手段として始められたもので市場用地の一部を売却し、その代金を施設整備にあてる方式である。この考え方が中央市場など公設市場にも広がり、京都中央市場の再整備に取り入れられた。

 民営化の選択肢についてのメリット・デメリットは概要以下の通りである。 

■メリット

 行政が完全に撤退することで、業界の責任で市場経営を行うことが出来るため、使用料減免や配送・温度管理施設等の施設整備が自由になる。また多くの場合、施設を行政の責任で補修した後で市場用地や施設の無償貸与・譲渡を行うケースが多いので、即効的なメリットが出やすい。

■デメリット

 民営化の最初はメリットが出るが、施設の補修等のコストや固定資産税の負担など継続的に市場業界が負担しなければならず、使用料を安く出来るかどうかは別問題となる。財務的に力のある市場業者が開設者となる必要がある。市、県、出荷者、買参人、買受人の了解を得なければならない。

  

 今後、市場流通の変化に伴って、施設整備の在り方も否応なしに変化していくはずである。「施設整備はお役所の仕事」であることに、業界もまた行政も疑いを入れてこなかった。卸売市場法もこの考え方を前提にしている。行政は、業界の意見を聴きながら設計・施工に出し、その結果として建設費償還等を目的とした使用料を算出し、業界は使用料負担軽減の要望を出して、激変緩和等の名目で数年間の低減を行うという、いわばお馴染みの再整備スタイルこそ時代遅れとなるだろう。

 この考え方で公設市場の再整備を行っても、行政負担が増え、業界も結局は経営リスクが高まるだけであり、行政も業界も幸せになることは困難である。戦略的に、そして身の丈に合った施設整備を自らが考えていく時代になった。